農ビジネスを農業に関わる産業と定義すればきわめて広範な広がりをもっているが、それは生産、最終消費者への販売、その間のサービス、に大きく三分できる。このうち、最終消費者への販売は、きわめて多様だ。形態は素材、加工食品、料理、とさまざまであり、提供者も小売流通・ネット販売、外食、中食、産直・提携、から病院などまで多様だ。しかし生産は農地法により自作農と自作農を基本とする農業生産法人に限られる。農家以外は個人も法人も農業生産の分野に入るのは難しい。生産者へのサービスも、法的に独占を許された農協が圧倒的なシェアをもっているが多様なニーズには応え切れていない。生産とサービスの両分野での独占が新規参入を阻み農業の衰退の原因になってきた。
農ビジネス発展のための大事な原則は、農業を顧客中心のものに改めることによって農業を強くすることである。同時に、農業を単なる食料生産から幅広い農ビジネスとしてとらえなおし、これまでの担い手のやる気を大事にすると同時に、さまざまなニーズを開拓できる新しい参加者を入れる必要がある。消費者と生産者とサービス提供者が共存共栄できる仕組みを作ることで、農ビジネスが大きな成長分野に変身する。
農ビジネスの所得や雇用が大きく増えるだけでなく、田園に立地した田園産業というべきさまざまな分野が大きく発展し、地方からの成長のメカニズムができ上がる。そのためにはさまざまな施策が必要だが、カギとなるのは、農地法に代表される現実に合わなくなった農地と土地への規制を抜本的に変えて、農地を有効活用し、新しい農ビジネスが実現できる仕組みを作ることである。
一方で、美しい環境に暮らしたいという欲求は、都市、農村を問わず高まっている。農地と土地の新しい活用法を構築してこうした欲求を実現し、田園こそ住みたいところだ、という新しい日本の常識を作るものでなくてはならない。
新しい農ビジネスは当たり前のことを実現することが基本だ。多様なニーズに応え、新しいニーズを掘り起こすことである。消費者だけではない。生産者、販売者、流通者、それぞれのニーズに応えるさまざまな活動が必要である。安さ、食味、新鮮さ、美しさ、色・形、健康、安全、プレステージ、郷愁など、消費者のニーズは果てしない。
すでに食のブランド化は進み、成功した場合の対価はきわめて大きい。米、肉、野菜、果物、加工品。最近では酒・焼酎などがブランド化に成功した。また、食の健康・安全また医療機能面へのニーズも高まっている。腎臓病患者のためのたんばく質を減らした米などは食料というより不可欠な医療手段だ。多様なニーズに対応するためには、顧客ニーズの把握と開拓、研究、生産管理、販売とマーケティング、流通と運送、などバリューチェーンそれぞれのプロセスでの付加価値を確立しなくてはいけない。
必ずしも大規模になることではない。ニーズの多様性への対応が重要だ。この点が、大企業が数社しか残れない自動車などの工業製品との違いだ。各地ではすでに新しい農ビジネスの創造を行っている人たちが多くいる。それをもっと大きな流れにすることがいま重要だ。
活発な農ビジネスを作るためには、さまざまなニーズをとらえることができる個人や団体が生産とサービス分野に入ってくることが重要だ。販売・流通、料理、食品、医療・健康などの産業、さらに、研究開発、生産管理、バイオなどの分野からの参入も必要だ。そうした参入者は生産者とさまざまな形で結びつくだろう。生産者自体も、規模や損益配分の実態に応じた形態をとるべきだ。取引形態も、委託生産、フランチャイズ方式、消費者団体との提携、直接生産、などさまざまな形をとりうる。自作農が生産し、農協が取りまとめ、一括して販売する、という従来型の農業以上の多様なあり方が必要になってくる。
消費者との結びつきも、単なる購入者というだけでなく、安全・有機農法や一人一人に適した医療健康効果のための共同事業者というところまで考えられる。子供の体験農業、滞在型観光、市民農園、老後の農園つき住宅など、都会の住民にとってよりどころになるような結びつきができれば、農産物だけでなく生活に関わる提携関係が生まれるだろう。さらに食の総合科学を推進すれば、長寿社会における健康な生活のための個々人にとって最適な食のあり方が明らかになり、健康維持や医療としての食が広がるだろう。高価な薬を飲む前に、健康であり続けるために自分にあった食をとって病気を予防するほうがいい。農ビジネスもいっそう多様化する。
新しい参加者が農ビジネスに入ってくることは、全体としていまの農家にとって有利になる。経営意欲の高い生産者にとっては消費者のニーズの掘り起こしが進み、生産、流通、販売が効率化することによってコストの低下と売上の増加が期待できる。兼業農家は、いままで農機具や農薬や種子の購入、資金調達、品種開発、販売と流通などを農協にいわばワンストップ・ショッピングで依存してきた。
しかし食管制度を背景として発達してきた農協には、消費者のニーズを個別の生産に反映させるという機能は弱く、農協の手数料率は高い。新しいバリューチェーンができれば、農ビジネスへの新規参入も増え、農家にとってより便利で安く親切なサービス提供者が現れるだろう。
それと同時に必要なのは、農家自らが株式会社などの法人をいっそう組織しやすくすることと、資金調達の門戸を開くことである。投資信託法などの金融法制を改正して投資信託会社の設立をもっと自由に行えるようにすれば、いまより小規模なファンド運営も可能になるから、投資信託や投資事業組合といったファンドの形で農ビジネスに投資できる。地域からの支援、消費者との提携、環境、安全、自然保護、といった自分たちの目標を実現するためのツールとしての投資手段をもてば、さまざまな発意が農業の場で実現できるし、農林系金融機関や地域金融機関や郵政資金などはそうした資金調達の多様化を後押しすべきだろう。
こうして農ビジネスが活性化することは農協にとってもプラスになる。まず、全体として市場が拡大するから全国ネットをもつ農協組織にはビジネス.拡大の追い風だ。農ビジネスヘの参入者は、農協の顧客や提携相手になりうるし、有力な融資・出資の対象でもある。市場の発展にあわせて、農協経営が多様化・分権化すれば全国ネットワークが生きてくる。輸出市場の開拓も重要課題になるだろう。さらに、農ビジネスの新規参入者は、経験者が欲しいだろうから、個々の農協職員にとってはキャリアの選択肢が大きく増える。田園からのベンチャーの株式上場も数年内には起きるだろう。個人にとっても、切磋琢磨すれば大きな成功を農ビジネスでつかめる時代が来るだろう。
農ビジネス全体の拡大につれて有能な人材が必要になる。まず、地域の農業のリーダーが企業家として成長し、人材を養成するのが基本だ。教育機関においても、生産だけでなくトータルな農ビジネス経営を教える態勢を整えるのが急務だ。さらに、環境や地域づくり、そして消費者との提携を含めた農ビジネス全体を理解した教育の態勢を作る必要が出てくる。大学や地域のリーダーが人材を育てることによって、農ビジネスの拡大は関連する産業と地方経済全体を活性化させるだろう。さまざまな企業も教育を重要な経営要素として提供するだろう。農家出身でなくても農ビジネスに飛び込める時代を作ることが鍵だ。